妻がうつになった時の気持ちと対応

妻がうつに…信じられない…

一般的に言われているようなうつ病になってしまうプロセスを妻も体験しています。

 

やはり、知らず知らずの内に体に変調を起こして、心が麻痺していったようです。

 

具体的に言いますと、いつも心に原因不明の不安やイライラを抱えている状態で夜、寝ようと思っても眠れなかったり、朝方になり、せっかく寝つけても悪夢を見て、飛び起きてしまうこともたびたびあったということです。

 

また、今まで好きだったことをやってみても、好きなものを見ても、好きなものを聞いても、なんとも思わなくなり、全く感情が無くなってしまったりもしました。

 

そして妻としての家事はもとより、楽しかったことでさえも、やる気が起きず、何をするのも億劫でイヤになっていったのです。

 

そんな時、ふと我に返ると「あれ?なんか違う」と思ったことが確かにあったそうです。

 

今思えば、それがうつ病の始まりだったんですね。

 

そのことに私も妻本人も気付かぬまま、月日が経ち、うつ病で入院ということになってしまいました。

 

そのときはまさに「寝耳に水」という表現がピッタリでした。

 

当時の私はうつ病というものに対して、間違った偏見を持っていましたし、なにより妻の性格や人に与える印象を考えると全く信じられないことだったのです。

 

妻の性格や他人が思う印象はというと…明るくて元気、人当たりが良い、気が利く、気が強い、姉御肌、ハッキリしている、なんでも相談できる、悩みが無さそう、など、とても心の病にかかるような人間ではないと思っていました。

 

それは妻本人も同じで、自分とはこういう人間だ、と思っていたのが、なんか違うと感じるようになったことで「自分が自分でないような妙な感覚」にとらわれていったのです。

 

そんなことはこれっぽっちも知る由の無い私は、妻が病院から帰ってきた後にひとこと「うつがヒドイから入院してくれって言われちゃった…」という言葉を聞いたときには呆然としていまいました。

 

うつに対して偏見があったとはいえ、医者が入院しろというのは普通じゃありませんし、何より妻の気持ちを何もわかってあげられなかったのがショックでした。


うつ病の心配と生活の不安…父と子の2人生活

よくある家庭と同じで私の家庭でも、家のことは何から何まで妻にまかせきりでした。

 

ですので、妻が入院したことによって「妻のうつ病は治るのか?」「治るとしたらいつ頃なのか?」という心配と同時に「生活はどうやっていけばいいんだろう…」という不安で頭がいっぱいになりました。

 

その当時、息子は小学2年生でまだまだ1人では何もできない子供です。

 

その子供と2人だけで、生活するなんて妻と結婚してからは考えてもみなかったことなのです。

 

しかし、落ち着きを取り戻すと同時にどうにかなるかもしれないと思えるようになりました。

 

というのも幸いなことに私は昔、レストランに勤めていたことがあるので、料理は全く問題はありませんでしたし、1人暮らしもしたことがあるので洗濯も気になりません。

 

家計のことは、妻が入院する前からずっと私がやっていたので、それも問題ありませんでした。

 

最後の心配は生まれてからずっと、妻と離れたことがない息子への説明と理解を求めることでしたが、これはきちんと説明することで子供はしっかりと理解してくれました。

 

そこで私は腹をくくりました。今まで家庭のことや私の母の看病など、全てにおいてがんばってきた妻にはしばらくの間、自分のことだけを考えて治療に専念してもらおうと。

 

今まで家庭のことを何もやってこなかった私が、生活全般のことをアレコレと考えても、答えなんて出るはずもありません。

 

そこで私が決めたことはたったひとつ。

 

「とにかく子供をしっかり学校に送り出そう」それだけでした。

 

なんてことのない、当たり前のことなのですが、1日の生活の始まりは朝です。

 

その朝だけをしっかりスタートできれば、1日はどうにか回っていくものです。

 

そして生活の中で一番、心配なのは子供です。

 

その子供を学校に送り出してしまえば、学校から帰ってくるまでの間は子供のことは心の片隅においておけばいいだけ、と考えた結果「とにかく子供をしっかり学校に送り出そう」ということ生活の基礎にしたのです。

 

それと同時に経済的な問題もありましたが、とにかく先のことは考えず1日1日、生活をこなしていこうということばかり考えていました。

うつを知ろう!と思う

妻が入院して父と子、2人だけの生活が始まりました。

 

不安だらけの中で始まった生活も「子供をしっかり学校に送り出す」という基礎をしっかり意識したことで、どうにか無事にまわり始めました。

 

生活が落ち着くと「妻がうつで入院」という事実が重く私にのしかかってきました。

 

「なんで妻がうつになったんだろう?」「うつってどういうものなんだろう?」「自分が妻にできることって何だろう?」ということを毎日、毎日考えていました。

 

そして出た結論は…うつ病を知ることがまず最初、そうすれば妻を支えられるかもしれない!と思ったのです。

 

あんなに明るくて楽しかった妻を入院に追いやったうつ病、その妻の気持ちを微塵も察してやれなかった自分への歯がゆさ、妻が退院してまた一緒に生活できるようになった時に妻にまた同じ思いをさせないようにしようということからうつ病のことを知ろうと思ったのです。

 

そして、うつ病のことを少しずつですが、勉強しました。

 

だんだんとうつ病というものが、わかってくると同時に妻のうつ病になってしまった原因は自分と一緒にいるせいなのか?と思うようになりました。

 

もし、私との結婚生活がうつの原因で、私と暮らさないことで妻のうつが良くなるなら、離婚してもかまわないという気持ちにもなりました。

 

そこまで決意するとスーっと心が軽くなり「妻のうつ病は夫である私が絶対に克服させてあげよう」という決意に変わっていったのです。

 

私が意識した妻への対応

妻のうつは私が治す!と決意したことで、私の心に余裕が生まれました。
心に余裕が生まれたことで、どういう気持ちで妻に接すれば良いかがわかったのです。

 

それは妻のことを「私の長女」と考えることにしたのです。

 

どういう意味かと言いますと、当たり前のことですが、今までは私は妻を女性だと思ってました。
私の恋人であり、私の生活を支えてくれる人であり、私の子供を育ててくれる人という認識でした。

 

だから、自分ができることでも妻にまかせておけばいいや、とか、夫の私が頑張っているんだから、運命共同体の妻ががんばるのは当たり前だと思ってました。

 

しかし、その考え方で生活してきたことで、妻に想像以上の負担をかけてしまったのかもしれません。

 

そして離婚してもやむを得ないと決意したことで、二人の子供を育てる父子家庭だと思うことにしたのです。
つまり、何でも妻に頼るのではなく、今度は男の自分が全て背負おうと思ったわけです。

 

病気の子供と思うことで、責任を押し付けたりすることもなくなりますし、寛大な心で見守ってやることができるので「がんばらなくてもいいよ」と何の抵抗もなく、言えるようになったのです。

心構えが大切

妻のことを私の子供として考えて接してきたことが良かったのかどうかわかりません。

 

しかし、退院して数年経ちますが、今では妻のうつ病は明らかに改善されているようです。

 

もしかしたら、うつ病を克服したと言っても過言ではないのかもしれません。

 

もちろん、離婚せずに以前のような結婚生活を送っています。

 

私が思ううつ病患者を持つ家族の対応というのは「心構え」しかありません。

 

自分なりの心構えをしっかり持つことが、一番大切だと思っています。

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